岡田監督日本代表に就任
●サッカー関係● - livedoor Blog 共通テーマ
岡田武史氏は日本代表監督を初め、札幌や横浜FMなどいくつかのチームの監督を務めてきた。 そんな岡田武史にとっての「監督業」とはどう映っているのだろうか。
岡田武史氏は日本代表監督を初め、札幌や横浜FMなどいくつかのチームの監督を務めてきた。 そんな岡田武史にとっての「監督業」とはどう映っているのだろうか。
岡田武史が考える監督業とは?
岡田武史 監督
岡田氏はかつて名古屋グランパスの監督も務めたアーセン・ベンゲル氏にこういわれたことがあるといわれている。
「サッカーの監督とは、1%の成功した者に対し99%の失敗した者が羨むような仕事だ」
「サッカーの監督とは、阿片のようなものだ」
つまり、その毒を一度口にしてしまうと、もうやめられないというわけだ。
その点、最初から代表監督という「最高の毒」を味わうこととなった岡田氏は、あの体中がゾクゾクする興奮や、緊張感というものは、日常生活では味わえないという。確かにそれ以上の緊張感を味わえることというのはそうはないだろう。
また、日本代表監督を辞めた後は、静かに暮らしたいと考えていたそうなのだが、ダメだったとか。それもこれもあの「最高の毒」の味を忘れられないからに他ならないのだろう。
そして、監督の仕事とは「何」か?という問いには、合理的にどこまで最善の試合を組立てれるか、ということじゃないかと答えている。様々なデータを頭にインプットし、その要素を分析し、どのようなチームを作り、どのような試合内容に持っていくのか、ということを組立てるわけだ。そして、そこから戦術や選手起用や指示する、と。その組立て方に基づいた作戦指示が、どこまで合理的に出来るかが勝負だと岡田氏は考えているようだ。
冴える岡田武史の采配!“ジョホールバルの歓喜”
岡田監督 ジョホールバルの歓喜
皆さんはサッカー日本代表の試合の中で最も印象に残っている試合を挙げるとするならどの試合を選びますか?
“ドーハの悲劇”として語り継がれているイラク戦、日韓W杯において日本史上初勝利を果たしたロシア戦・・・この2試合などは挙げる人が多らしいね。
でも、ひょっとすると一番多いのは“ジョホールバルの歓喜”とのちに呼ばれることになるフランスW杯出場をかけたイラン戦ではないだろうか。
私なんかはそれを選びいる。
岡田武史体制のこのときの日本代表。
その試合を簡単に振り返ってみると、日本は前半39分、中山がゴールを決め大一番で先制点を奪うことに成功。
しかし、後半に入り立て続けに失点し、瞬く間に逆転を許すことに。
ここで岡田監督は交代のカードを切り、城、呂比須を投入。
この交代が当たり、後半31分に城のヘッドが決まり、再び試合は振り出しに。
同点で延長戦に入ると、岡田は再び交代のカードを切り、野人・岡野を投入。
まさしく試合は死闘の様相を呈してきた。
結果的にこの采配もズバリとはまり、延長後半終了間際に中田が放ったシュートのこぼれ球に詰めた岡野が、スライディングしながらゴールに押し込み劇的な勝利。
日本が初のW杯への切符を手に入れた記念すべき瞬間でした。
このときのゴールまでの一連の流れ、そして、岡田監督が両手を突き上げながら猛然とピッチにダッシュしていく姿は、10年近い月日が経過した今でも鮮明に思い出されます。
私は「岡田武史」という人物について冷静な理論家という印象をもっていたのであの喜びようには驚きだ。
岡田武史の著書「指揮官・岡田武史」
指揮官・岡田武史
岡田武史監督は著書もいくつか出しているが、そのひとつに「指揮官・岡田武史」というものがある。
では、この本について簡単にだが紹介してみたいと思う次第だ。
この本が発売されたのは岡田氏がコンサドーレ札幌の監督として指揮をとっていた頃ものだ。
であるから今からすると若干古くささは感じるかもしれないね。
内容は波乱の道を歩むことになった指導者の胸の内に、朝日新聞のサッカー担当記者が熱く迫っていく・・・というもの。
朝日新聞のスポーツ面に連載されていた「岡田武史の301日」を単行本化したものものだ。
岡田氏へのインタビューと朝日新聞記者である著者の取材の足取り、思いなどを重ね、当時を振り返ったものとなっており、岡田氏の考えや現地の様子などがリアルに伝わってくるのはよいものだ。
急遽の代表監督就任の要請に対応し、日本を史上初のワールドカップへと導いたプロセスは何回読んでも感動せざるをえません。
また、その知性だとか家族を大事にする優しさだとか監督としてのみではなく、一人の人間「岡田武史」としての彼の魅力にもなかなか惹かれるものがありいる。
それにしても表紙のジャージもいい味を出していいる。
やはり岡田監督はスーツよりもジャージが良く似合うと考えられる。
メガネと一緒にトレードマークみたいなものものだ。
少々古い本ではあるが、当時を懐かしむ意味でも、もし興味がある方は本屋さんなどで探してみていただきたいね。
岡田武史、企業の社外取締役就任
岡田監督 取締役
「岡ちゃん」こと岡田武史氏だが、企業の社外取締役に招聘されたということをご存知だろうか?
招聘したのは携帯電話向けのコンテンツ配信会社である日本エンタープライズというところらしい。
主に着うたやゲーム・動画のコンテンツ制作・配信しており、また、クライアントに大手企業が多いのが特徴の会社のようだ。
特に現在はKDDIとの結び付きがかなり強く、好調のKDDIに乗っかっていく形で一層伸びていくことが予想されている。
なんでも、岡田氏と日本エンタープライズ植田勝典社長とは旧知の間柄だそうで、植田社長から直々「協力して下さい」と申し出を受け、岡田氏も快諾したといいる。
8月の株主総会および取締役会において正式に承認される予定なんだとか。
起用の意図は「業績が拡大する中、課題である組織力強化と人材育成の為に、岡田武史氏のサッカーの指導者生活で培った豊富な経験、幅広い見識を生かしてもらいたい」という狙いからだらしいね。
サッカー論というものが企業論にどれくらい活かされるのかは分かりません。
だが、ある意味でサッカーも組織論的な面があるので、非常に興味深いチャレンジではある。
もちろん岡田氏の知名度を生かしたPR効果というのも大きいものがあるだろうね。
そういえば中田英寿氏が東ハト執行役員に就任して随分話題になったりしたことを思い出した。
なにはともあれ岡田氏の経営者としての手腕というものにも注目したい。
マリノス監督辞任から代表監督復帰までの岡田武史の空白期間
岡田監督 マリノス
イビチャ・オシム監督の入院に伴って岡田武史氏が日本代表監督に復帰されましたね。
そういえば、昨年8月に横浜Fマリノスの監督を辞任してから今回代表監督に復帰するまで空白期間があるが、その間は何をしていたのだろうか?
実は辞任してから次に何をしようかを具体的に考えていなかったらしく、8月から年内の間は、まったく働かなかったらしい。
すると奥さんの機嫌が次第に悪くなってきたそうで、冷蔵庫の中のビールがそれまでエビスだったのが、少し安いのに変わり、今度は娘さんと「発泡酒にするか」などと話したり。
そして、これによって「これは働かなくてはイカン!」となったらしく、「元監督岡田武史」として講演活動を始めることに。
その後、以前から深い関心があったという環境問題だとか難民関係にも積極的に関わりを持っていったらしい。
難民関係では、難民フットサル、カンボジアにおける地雷除去フットサルの支援、電動車椅子サッカーのW杯の支援をしたりしていたみたいものだ。
そんなサッカーの指導とは別のフィールドで活動を続けていた岡田氏だが、不思議とサッカーが恋しくなったりはしなかったとのこと。
サッカーから距離を置いてみると、経済人や芸術家など、それまでとは違う人たちとの出会いが実現されるようになって、とても充実したものを感じていたらしいね。
今までとはまったく違った世界なので毎日が新しい発見の日々なのかもしれないものだ。
だが、サッカー界にはいつかまた戻る予感はしていたらしい。
結果的にはその通りになったね。


